クールベ (4515pt)

クールベ
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別の名称

ギュスターヴクールベ,Gustave Courbet

属性

画家 

年数

1819~1877

1819年オルナン地方の裕福な地主の子として生まれる。
1831年オルナンのカトリック系中学校に入学しそこで基本的なデッサンを学ぶ。
1837年王立の高等学校に入学。
かたわら画家フランジューロのもとで学ぶ。
1840年パリへ出て、ソルボンヌ大学法学部に入学するが、父親の意図に反して画家を目指し、アカデミー・スイスに通い、ルーヴル美術館で巨匠たちの作品を模写した。
1844年『黒い犬を連れたクールベ』がサロンに入選しているが、これは当時の画家としては非常に遅いデビューである。
1845年『ギタレロ』がサロンに入選。1846年『革のバンドをした男』がサロンに入選。
1849年『オルナンの食休み』がアングル、ドラクロワの二人に評価され、それが元で国家が買い上げることになり、リール美術館に所蔵された。
1851年『オルナンの埋葬』を出品するが、批判を受ける。
1853年サロンで批判を受けた『水浴びする女たち』『眠る糸紡ぎ女』が美術愛好家のアルフレッド・ブリュイヤスに購入される。
以後、彼はクールベの後援者となる。    
1855年パリで万国博覧会に大作『画家のアトリエ』と『オルナンの埋葬』を出品したが落選。
そこで、後援者ブリュイアスに資金を仰ぎ小屋を建て「ギュスターヴ・クールベ作品展、入場料1フラン」という看板を立て公開した。
当時「個展」を開催する習慣はなく、これが世界初の「個展」だと言われている。
また、この個展の目録に記された「レアリスム宣言」において「自分は生きた芸術を作りたいのだ」と言っている。
1858年ドイツに数カ月滞在し『フランクフルトの夫人』などを制作。1870年パリ・コミューンに参加し、反乱に荷担したことで投獄される。1873年、スイスに亡命する。
1877年、亡命先で58歳の生涯を閉じた。
尚、オルナンの生家は現在クールベ美術館になっている。


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