ゴッホ (5086pt)

ゴッホ
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別の名称

フィンセントファンゴッホ,vincentvangogh,ビンセント,ヴィンセント,gogh,ごっほ

属性

抽象派,後期印象派 

年数

1853~1890

オランダ出身の画家。
生前は全く作品が売れなかったものの、死後急速に評価を高め、印象派を代表する画家のひとり。

1853年 フロート・ツンデルトで牧師一家の子供として生まれる。

1857年 弟テオ誕生。画廊や伝導師(牧師)教師として各地で就労するも長続きしない。

1873年 ロンドンで下宿先の娘アーシュラ・ロイヤーに求婚するも拒絶され、激しい失意に見舞われる。
ブリュッセルで画家ラッパルトと知り合い遠近法と解剖学を学ぶ。

1882年 娼婦シーン(クリスティーヌ)と知り合い同棲するも親族に知られ、家族の信頼を失う。

1886年 アカデミーに入るも伝統的な権威主義に反感を抱くが、ルーベンスの明瞭な色彩に魅了される。
パリでロートレックやベルナール、ゴーギャン、ピサロ、スーラ、シニャック、ドガ、ギヨマンなど、
と親しくなり影響を受け、色彩も急速に明るさを増す。
また当時の流行のひとつであった浮世絵などに触れ、日本に憧れを抱くようになる。

1888年 パリ生活に疲れていたゴッホは、ロートレックの勧めもあって強い太陽の光を求め友人の画家らを誘い
南仏アルルへと向かうが、応じたのはゴーギャンのみであった。意欲的に制作活動をおこなうが、
対象を見て描く画家と、写実的描写を否定するゴーギャンの間で討論となり、二人の間の緊張度が増す。

自ら剃刀で耳を切り落とし娼婦ラシェルのもとへ届け、翌日入院。二人の共同生活は二ヶ月足らずで終了となる。耳切事件からぐに退院するも翌年、自身の希望によりカトリック精神病院に入院。
比較的自由な生活を送り、色調と筆触に変化が見られるようになり、代表作の多くもこの時期に生まれる。

1890年 パリ近郊に移住するも、同年7月27日にピストルを撃ち自殺を図る。駆けつけた弟テオに見守られながら死去。
享年37歳。弟テオも翌年死去している。

[ ゴッホ ] に関する美術館・博物館情報

国立西洋美術館
損保ジャパン東郷青児美術館
ポーラ美術館
上野の森美術館
ひろしま美術館

[ ゴッホ ] に関するイベント情報

メトロポリタン美術館展
青森県立美術館開館5周年記念 光を描く 印象派展-美術館が解いた謎- 展
印象派と20世紀の巨匠たち~シャガール『テルトル広場』初公開~
ワシントン・ナショナル・ギャラリー展
プーシキン美術館展 フランス絵画300年
ゴッホ展没後120年「こうして私はゴッホになった」
没後120年 ゴッホ展
ザ・コレクション・ヴィンタートゥール
没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった
ザ・コレクション・ヴィンタートゥール スイス発―知られざるヨーロピアン・モダンの殿堂

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