ルドン (4190pt)

ルドン
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別の名称

オディロンルドン,odilonredon

属性

象徴主義 

年数

1840~1916

1840年、ボルドーに生まれる。病弱だったため、学校には親しめず、デッサンと音楽を楽しんだ。ボルドーの美術館で、ミレー、コロー、ドラクロワ、モローなどに感銘を受けたという。

父親の希望もあって、建築科を受験するが、失敗。絵画に集中するようになる。
ジェローム教室へ通ったが、アカデミックな教育に敵意を抱き、数か月で止めてしまった。

ルドンは印象派の画家たちと、同じ世代である。しかし、印象派の感覚的であるだけの世界に不満を持っていた。

ルドンは、もっと、想像力を大切にしたかったし、独自のイメージを創り上げていきたかった。

印象派の色彩表現に、惹かれながらも、あえて、白黒の版画を利用し、想像力を磨いた。ルドンが色を使い出したのは、50歳を過ぎてからである。

植物・微生物学者クラヴォーとの出会いに強い感化を受ける。クラヴォーはルドンに顕微鏡の中の世界や生命の神秘について語ったばかりではなく、ボードレール、ポオ、フロベール、スピノザ、インド哲学や詩をも教えた。

銅版画家ブレダンも、怪奇な幻想風景をえがいていたが、ルドンも大きな影響を与えられた。

はじめの30年くらいの間は、木炭素描、石版画、銅版画などを使用して、白と黒の世界に埋没した。色彩よりも黒がはるかに優れた精神の代理者と考えた。
石版画集として、『夢の中で』『エドガー・ポオに』『ゴヤ讃』『聖アントワーヌの誘惑』、銅版画集に『悪の華』などがある。

50歳代終わりくらいから、色彩の世界に専念するようになる。綺麗な色を使いながらも、黒の時代の謎と不安が影を引いているような作品であった。

後年、ナビ派の画家たちはルドンのことを「われらのマラルメ」と呼び、敬意を払った。
死後、シュルレアリストたちは、幻視、幻覚、ファンタジー性があり、ルドン自身が作品を無意識的方法と述べたことから、シュルレアリズムの先駆者と見た。


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