ローランサン (2030pt)

ローランサン
no check user
別の名称

マリーローランサン,marielaurencin

属性

女性画家・彫刻家 

年数

1883~1956

パリで私生児として生まれた。父はのちに代議士となったアルフレッド・トゥーレだが、彼が父親だということを長い間知らなかった。母はポーリーヌ・メラニー・ローランサン。ラマルティーヌ高校に学び、アカデミー・アンベールで絵を勉強する。ここで会ったジョルジュ・ブラックを介して、ピカソやギヨーム・アポリネールと知り合い、キュビズムの影響を受けた。1907年にサロン・ド・アンデパンダンに初出展。アポリネールとローランサンは恋に落ちたが1911年にアポリネールがモナ・リザ盗難事件の容疑者として警察に拘留された頃には(彼は無罪であったが)冷めてしまった。その後もアポリネールの方は忘れられず、その想いを歌った詩が『ミラボー橋』であるという。1912年に開いた最初の個展は評判となり、その後、次第にキュビスムから脱する。ローランサンが30歳になる頃にはエコール・ド・パリの新進画家として知られるようになった。1914年に31歳でドイツ人男爵(オットー・フォン・ベッチェン)と結婚。これによりドイツ国籍となったため、同年に第一次世界大戦が始まると、はじめマドリッド、次にバルセロナへの亡命生活を余儀なくされた。戦後、1920年に離婚して単身でパリに戻ったローランサンは、パステルカラーの簡潔で華やかな、夢見るような少女像という独特の画風を作り上げ、フランス史上狂乱の時代(Les Années Folles)と称された1920年代にあって、時代を体現した売れっ子画家となった。また、舞台装置や舞台衣装のデザインでも成功した。第二次世界大戦の際はフランスを占領したドイツ軍によって自宅を接収されるといった苦労もありながらも、創作活動を続けた。1954年、シュザンヌ・モローを正式に養女とする。1956年にパリにて死去。 離婚後はバイセクシャルでもあった。


アーティストの新規登録はこちらから
美術館・博物館の新規登録はこちらから
美術館・博物館等デジタルコンテンツ制作します
アーティストTAG
Now Loading...

アクセスの多いスポット

  • Now Loading...

アクセスの多いイベント

  • Now Loading...

今日の天気

アンケート